こんにちは、ブログ担のららたです!
昨年、好評をいただいた「しがないディベーターの日常」の続編をcopilotと一緒に書きました!
なお、前回と同様にこのブログはフィクションです。一部の登場する団体、名称、人物等とその発言は実際のものとは関係ありません。
二年生の十一月某日。
京都からの新幹線を降りた僕は、人気のない熊本駅の前に立っていた。
でも、不安よりも先に来たのはわくわくだった。
駅前の空気がひんやりしていて、「うわ、遠征来たなぁ」っていう、あの独特の高揚感が胸の奥で跳ねていた。

KDSのあつしとなおきに頼まれてジャッジをやることになった。
“頼まれて”というより、“押し切られた”に近いけれど、こういう無茶ぶりって、だいたい後から思い出になる。
路面電車に乗る。
ガタン、ガタン。
この“ガタン”が、もう知らない街の音だ。
窓の外の街灯が、ひとつずつ流れていくたびに、ぼくの中の“観光客の脳”が勝手にスイッチを入れる。
「うわ、熊本ってこんな感じなんや」
——別に誰に向けてでもない感想が、頭の中で自動的に字幕みたいに出てくる。
電車の揺れが、普段乗ってるやつよりちょっとだけ大きくて、その“ちょっとだけ”が、
「あ、ここ地元じゃないんだな」っていう実感をくれる。
運賃をpaypayで支払えるようだし、車内の広告も、知らない店ばっかり。
“馬刺し”“辛子蓮根”“阿蘇”
——名詞だけで観光地を殴ってくるラインナップ。
外を見ると、街灯の光が道路に落ちて、その明るさが京都より少し控えめで、でもその控えめさが逆に落ち着く。
信号待ちで電車が止まると、急に静かになって、その静けさの中で、
「今、熊本のど真ん中にいるんやな」ってじわじわ実感が湧いてくる。
観光客って、
別に何もしてないのに、
ただ“知らない街を移動してるだけ”で
勝手にテンションが上がる生き物なんだなと思う。
そしてまた、
ガタン、ガタン。
路面電車は、ぼくの“観光客モード”を
さらに加速させていく。

ホテルまで歩く。
急に視界がひらけて、アーケードの天井がドーンと現れる。
「え、熊本ってこんな都会なん」
って、思ってもない言葉が口の中のどこかから勝手に浮かんでくる。
地方都市の商店街って、もっとこう、“シャッターが半分降りてる感じ”を勝手に想像していたのに、普通にネオンが元気に光ってる。
焼き鳥の匂いと、カラオケの音漏れと、キャッチのお兄さんの声がちゃんと“夜の街の三点セット”として揃っている。
「いや、これもう普通に繁華街やん」
って思いながら歩いてると、地元の人たちは当たり前みたいな顔でスイスイ歩いていく。
その“当たり前の速度”が、逆に観光客のぼくには新鮮で、「この街の人は、毎晩この景色を見てるんやな」って、ちょっとだけ羨ましくなる。
アーケードの天井に反射した光が、足元のタイルにゆらゆら揺れて、その揺れ方が“知らない街の夜”をさらに濃くしてくる。
観光客って、ただ街が明るいだけで「意外と都会やん」ってすぐ感心してしまう単純な生き物なんだなと思う。
東横インに着くと、受付がそこらしい。
大会の受付がホテルって、なんか文化祭の前日の準備みたいで楽しい。
会場に入ると、いつもの顔ぶれがいた。
「え、すごい、ららた関西勢の中で一番乗り!」
いや、受付時間はとっくに過ぎてるんだけど、
“遅刻者の中の最速”っていう、よくわからない称号をもらった。
チェックインして、「明日、どうなるんやろ」って思いながら眠りについた。
翌朝、熊本の空気はやけに澄んでいた。
りほとかしおかと合流する。
二人とも朝からテンションが高い。
遠征の朝って、だいたい根拠のない自信が湧く。
そこに、きんさちが来る。
「ますみつが体調崩して…急にジャッジすることになりました」
急にジャッジって、そんな“代打でショート守って”みたいなノリでできる仕事じゃない。
ブリーフィングを聞きながら、自分自身が観光客ではなくジャッジとしてここに来たことを改めて思い出す。
そして迎えたラウンド1でチェアになったのだけれど、普通にOGに詰められた。
その後もパネルで永遠にやらかした。
永遠って言ってるけど、体感は永遠。
一方その頃、りほとかしおかは永遠に4位を取っていた。
4位って、いちばんコメントしづらい順位。
夜は焼肉屋へ。
りほがタンを網に乗せながら、開口一番こう言った。
「てかさ、ドヒュンキム、普通にイケメンじゃない?」
急すぎる。
タンが焼ける前に恋バナが焼け始めてる。
かしおかがカルビを裏返しながら言う。
「わかる。なんか…整ってるよな」
「そう、整ってる。めっちゃ整ってるじゃなくて、ちゃんと整ってる」
「“ちゃんと整ってる”って何」
きんさちがハラミをつまみながら参戦する。
「歩き方がイケメンですよね」
「歩き方で判断するな」
「いや、歩き方って大事なんですよ。イケメンは歩き方が静か」
「静かって何」
りほがレモンサワーを飲みながら言う。
「でもさ、ドヒュンキムって、イケメンやけど“手の届かない感じ”じゃないよな」
「わかる。なんか…“現実に存在するイケメン”って感じ」
「三次元の中の上位互換ね」
そこで、ぼくはどさくさに紛れて話題を滑り込ませる。
「え、じゃあさ…俺ってどのへんなん?」
りほがタンを裏返しながら、一瞬だけ真面目な顔になる。
「ららた? ららたは普通にイケメン」
「普通に?」
「うん。ドヒュンキムほどじゃないけど、インステ内では強い」
「インステ内で強いって何」
「なんか…“部内ランキング上位”みたいな」
そもそもぼくのインステに男子はぼく一人だけれど、ほめられるのも悪い気はしないのでつっこまないでおいた。
りほがレモンサワーを追加しながら言う。
「てかさ、ディベーターって恋愛弱いよな」
「急に刺すな」
「いや、論理は強いのに恋愛は弱いって、なんか…もったいない」
「もったいないって何」
かしおかがカルビを裏返しながら、妙に冷静にまとめる。
「でもさ、恋愛もBP形式にしたら勝てるんかな」
「いや、恋愛で“反論の機会”とかいらんやろ」
「“POIいいですか?”って言われたら嫌やな」
「嫌すぎる」
りほが急に別方向に飛ぶ。
「てかさ、熊本の人って優しくない?」
「急に地域性」
「いや、今日コンビニでさ、店員さんめっちゃ優しかった」
「それはその人が優しいだけ」
「そうなん?」
「そう」
きんさちがまた別の話題を出す。
「てか、明日の朝ごはんどうします?」
「話題の飛び方が後輩」
「いや、お腹すくじゃないですか」
「今焼肉食べてるけどな」
換気扇がゴーッと鳴っていて、店内の煙がゆらゆら揺れている。
その煙の中で、
“4位の悔しさ”も
“ジャッジのやらかし”も
“イケメン序列”も
“恋愛の弱さ”も
“熊本の店員の優しさ”も
全部いったん焼かれて、どうでもよくなっていく。
焼肉って、そういう料理。
ちなみに奥の席ではタンクトップのedudriftニキがデートしてた。
二日目も僕は相変わらずジャッジしていたけれど、りほとかしおかは急に覚醒して連続1位を取っていた。
そして運命のラウンド6。
ふたりはバブル。
僕もバブル。
やごのパネル。
ORの空気が、いつもより重い。
誰も喋らない。
喋ったら運命が変わりそうで。
ラウンド部屋に入ると、スピーカーの声、ジャッジのペンとタイピング音、全部がいつもより大きく聞こえる。
ラウンドが終わった瞬間、全員が一斉に息を吐いた。
手応えは…
正直、なかった。
でも、“何かが起きた気がかもしれない”そんな空気だけが残っていた。
ブレイクナイト会場はクラブだった。
雑談をしていると、会場が暗くなり、スライドが映る。

まずはブレイキングチーム。
こちゃまるとゆういちさんが呼ばれ、
日本勢が次々と名前を呼ばれていく。
スピーカースコアの平均がやたら低いチームが出てきた。
りほとかしおかだった。
そしてジャッジブレイク。
名前が呼ばれていく。
僕は落ちたときのリアクションを考えていた。
Mikko Vitug
minami matsushima
Nasa Tsuchiya
ときて、
「Rarata…」
呼ばれた。
一瞬、世界が止まった。
そのあと、急に音が戻ってきて、会場が揺れた気がした。
周りの日本勢が、
「やったやん!」
「すごい!」
「おめでとう!」
って、自分のことみたいに喜んでくれた。
少し遠くにいたみなみも来て、
「ほんまにすごいで」
って言ってくれた。
その瞬間だけ、熊本駅の静けさも、永遠のやらかしも、全部報われた気がした。
一年経って、気づいたら関空にいた。
別に“気づいたら”のはずはないのだけれど、こういうときってだいたい気づいたらそこにいる。
家を出て、電車に乗って、荷物を引きずって、ちゃんと全部やってきたはずなのに、
記憶の中ではワープしている。
KDSの後輩たちと関西の先輩たちに合流して、ぞろぞろとチェックインカウンターへ向かう。「杭州」の文字が電光掲示板に出ていて、ああ、これが今日の“行き先”なんだなと理解する。
でも、理解したところで実感はない。
だって、ぼくはまだ関空にいるし、まだ日本語で考えているし、まだ“海外に行く人”の顔になれていない。
パスポートを差し出す。
この薄い冊子一冊で国境を越えられるって、よく考えたらすごい。
学生証なんてカラオケの割引くらいしかできないのに。
飛行機に乗り込むと、さっそくCAさんの挨拶が中国語だった。
アナウンスも中国語。
ぼくの脳が「え、字幕は?」と探し始める。
もちろん出てこない。
ここからは“字幕なし”で進むらしい。
その瞬間、ようやく実感が追いついてくる。
ああ、いよいよ日本の外に出るんだな、と。
でも、まだ飛行機は動いていない。
ぼくはまだ座席に座っているだけ。
つまり、まだ“出国した人”ではない。
ただ、“出国しそうな人”だ。
こうして、ぼくの初海外は、
「まだ何も始まっていないのに、始まってしまった気がする時間」
から静かにスタートした。
中国に着いて、長蛇のイミグレを抜けると、スーツケースがぐるぐる回っていた。
ああ、海外でも結局やることは同じなんだな、と安心する。
「荷物が出てくるのを待つ」という、
世界共通の“暇な時間”。
しんたろうのスーツケースが流れてきた。
黄色い警告テープが巻かれている。
まるで「この人、なにかやりましたよ」と荷物が自己申告しているみたいだ。
しんたろうがゲートを通ろうとすると、突然、警告音が鳴り響いた。
空港の警告音って、なんであんなに“正義感の強い音”なんだろう。
「はい、アウトー!」みたいな。
係員がすっと現れて、しんたろうを税関の奥へ連れていった。
ぼくたちは特に止められず、そのまま出口へ向かう。
そして、ぼくはそのとき思った。
——ああ、しんたろうにはもう二度と会えないんだな。
もちろん、そんなわけはない。
たぶん数分後には普通に出てくる。
でも、あの“連れていかれる背中”って、妙に物語の終わりっぽい。
だから、ぼくの中ではあの瞬間、
しんたろうは一度“物語から退場した”ことになっている。
空港を出た瞬間、空気の匂いが変わった。
別に“臭い”とか“いい匂い”とかじゃない。
ただ、日本の空気とは違う。
なんというか、湿度の奥に知らない国の生活が溶けている感じ。
「これが海外の匂いか」と思ったけど、海外って国ごとに違うから、たぶんこれは“海外の匂い”じゃなくて“杭州の匂い”なんだろう。
でも、ぼくはまだ杭州のことを何も知らないので、とりあえず“海外の匂い”として処理しておく。
ホテルのロビーに入った瞬間、
「あ、静かじゃないんだ」と思った。
さっきまで“海外のホテル=静かなロビー”という勝手なイメージで歩いてきたのに、
現実はホテルマンが横の女性従業員に大声で話しかけていて、その声がロビー全体に響き渡っていた。
別に怒っているわけじゃない。
ただ、声が大きい。
“声量のある日常会話”というジャンル。
その横で、ぼくたちはチェックインを待っている。
海外のホテルのロビーって、もっとこう…
「シーン…」みたいな空気を想像していたのに、 実際は「お前いやそれはさぁ!」みたいな、ほぼ職場の休憩室だった。
チェックインを済ませて部屋に入ると、部屋は広かった。広いのは嬉しい。
でも、広いのにうるさい。
窓の外から車のクラクションが聞こえてきて、杭州の夜景がちかちかしている。
“広い部屋”って、本来は“静けさ”とセットであるべきなのに、ここは“広い”と“うるさい”が同居している。
まるで、「広さで静けさをカバーできると思ってる部屋」みたいな。
ベッドに座ってみても、やっぱりうるさい。
でも、うるさいのに、なぜか落ち着く。
海外に来た実感が、音の多さでじわじわ押し寄せてくる。
——ああ、これが“海外のホテルの夜”なんだな。
静かじゃないのに、静かに始まる夜だった。

ホテルの目の前に、看板の光がちょっと弱い日本料理屋があった。
店の前に貼ってあるメニューの写真も、“プロが撮った”というより“店長が頑張って撮った”感じで、なんとなく安心する。
「ここでいいか」
「近いし安いし、もうここでいいやろ」
そんな“遠征の夜の合理性”だけで決まった店だった。
店に入ると、木のテーブルが少し傷んでいて、壁のポスターも色あせていて、
でもその“ちょっと古い感じ”が逆に落ち着く。
ぼくとしんたろうはうなぎを選んだ。
理由は特にない。
ただ、写真の照りが良かったから。
かつゆきとゆうとはラーメン。
「こういう店のラーメンって、意外と当たりなんだよ」と、ゆうとが言う。
その“根拠のない自信”が妙に説得力を持っていた。
料理が来ると、ぼくのうなぎは少し生臭かったけれど、「この値段でこれなら十分やん」としんたろうが満足そうに言う。
かつゆきとゆうとのラーメンは、日本のとスープが違くて、2人とも「うーん」と同時に言って顔をしかめた。
問題は会計だった。
ぼくは、みんなが現金もアリペイも持っていないので、代表してスマホを出した。
QRコードを読み取る。
までは順調。
そのあと、画面に何かが出てきて、店員さんが中国語でぼくに説明してくれる。
「…………?」
ぼくは一文字もわからない。店員さんはさらに説明してくれるけど、ぼくの理解度はずっと0%のまま。
しんたろうが横で、
「なんて言ってるん?」
と聞いてくるけど、ぼくも知らない。
店員さんは少し困った顔をして、レジ横のメモ帳を取り出し、サッと漢字を書いて見せてくれた。
「你的密码」
ぼくはそれをスマホで読み取って、やっと意味がわかった。
パスワード。
「あ、パスワードか…!」
ぼくが言うと、3人とも「なるほどな」という顔をする。
パスワードを入力すると、ようやく“ピッ”と決済が通った。
店員さんが笑顔でうなずいてくれて、ぼくも「しぇーしぇー」とぎこちなく返す。
店を出ると、ゆうとが「初アリペイおめでとう」と言い、しんたろうは「よう頑張ったな」と肩を叩いてくる。
かつゆきは、「でもあれ、初見でわかるわけないよな」と、妙に優しいフォローをしてくれた。
レストランを出て、4人でホテルのほうに歩きながら、
「コンビニ行く?」
「行くやろ」
と、ほぼ反射で決まった。
日本料理を食べた後に、次に向かうのもまた日本発祥の“ファミマ”。
どこにいてもぼくたちは同じようなことをしている。
ファミマの自動ドアの前に立つと、あの 「チャララ〜ン♪」 が流れた。
ぼくは思わず、「おー、鳴るんやー」と盛り上がった。
かつゆきが笑いながら、「海外で聞くとなんか感動するよな」と言う。
ゆうとは、「これ聞くと“帰ってきた感”あるわ」と、なぜか日本に帰国したみたいなことを言う。
しんたろうは、「いや、ここ中国だけどね」と冷静にツッコむけど、そのツッコミもどこか嬉しそうだった。
店に入ると、棚の並びは日本とほぼ同じなのに、ラベルのフォントが微妙に違っていて、“海外のファミマ”感がちゃんとある。
ぼくは水を一本手に取った。
ただの水なのに、なんか“旅の水”って感じがして、ちょっとだけ特別に見える。
ゆうとは謎のスナックをカゴに入れ、「これ絶対まずいけど買うわ」と、いつものノリ。
しんたろうは、「俺は普通のやつでええわ」と言いながら、結局いちばん無難なポテチを選んでいた。
レジで会計を済ませて外に出ると、杭州の夜の湿った空気がふわっと体にまとわりついて、さっきのファミマの音楽がまだ耳の奥に残っていた。
ただ水を買っただけなのに、なんか“遠征の夜のワンシーン”としてしっかり記憶に残る感じがあった。
ファミマで買った水を持ってホテルに戻ると、3人は自然にベッドの上に座って、
スナックを並べ始めた。その動きが妙に慣れていて、“大学生の夜の標準装備”みたいだった。
なんでそんな話になったのかは忘れたけれど、ぼくが
「電気代最近高くね?」というと
3人が同時に、
「え、そうなの」
と言った。
ゆうとは、
「俺、家の電気代知らんわ」
と素直に言い、
しんたろうは、
「ガス代っていくらくらいなの?」
と聞いてきた。
かつゆきは、
「水道代って、使ったら使った分だけ増えるん?」
と真剣に聞いてきた。
ぼくは、
「当たり前やろ」
と言った。
3人は「へぇ〜」と感心していた。
なんか平和だった。
ゆうとが、「全然関係ないけど、俺、レポート“あとでやる”って言って、気づいたら締切の3時間前なんだよね」と言った。
しんたろうも、「わかる。『明日の朝やろ』って言って、朝になったら『昼にやろ』ってなる」と頷く。
ぼくは、「俺、レポートのタイトルだけ書いて寝たことある」と告白した。
かつゆきは、「タイトル書いたらやった気になるの、大学生あるあるだよな」と言った。
3人は「それな」と言っていた。
全員、心当たりがあるらしい。
しんたろうが、
「俺んちの机の上に、誰も触れてない紙袋あるんだよね」
と言った。
ぼくが「何入ってるん?」と聞くと、しんたろうは首を振る。
「知らん。怖くて開けてない」
ゆうとは、「それ、前期のシラバスとか入ってそう」と言い、
かつゆきは、「開けたら“未来の自分へのメモ”とか出てきたら怖いな」
と適当なことを言った。
ぼくは、「それはない」と言った。
3人は笑っていた。
気づいたら、
全員ベッドに寝転んでスマホを触っていた。
誰も何も言わないのに、
全員同じ姿勢になっているのが面白かった。
ぼくは、「この時間、何してるんだろうな」と思ったけど、特に答えはなかった。
そのあと、ぼくとしんたろうは追い出されて、自分たちの部屋に戻った。
大学生の夜は、だいたいこういう感じで終わる。
部屋の照明は少し黄色くて、その色が4人のしょうもなさをやわらかく包んでいた。
海外のホテルなのに、部屋の中だけは完全に“いつもの4人”で、なんか安心した。
こういう夜が、いちばん記憶に残る。
翌日、2ラウンドのディベートを終えた夜、ぼくたちは火鍋屋に向かった。
ディベートって、終わった瞬間は「もう喋りたくない」と思うのに、歩き出すと急に元気が戻ってくる。
あれはたぶん、脳が「もう責任のある発言はしなくていい」と判断したからだと思う。
“自由な会話モード”に切り替わる。
ホテルが空港の近くだったので、中心街の火鍋屋に行くには、まず地下鉄に乗らないといけなかった。“海外で地下鉄に乗る”という行為は、なぜか飛行機に乗るより緊張する。
飛行機は座っていれば勝手に目的地に着くけど、 地下鉄は自分で乗り換えたり、降りたりしないといけない。つまり、責任が発生する。
駅に入ると、空港の静けさとは違う、“生活の音”が広がっていた。
アナウンスはもちろん中国語で、ぼくの脳は「翻訳ボタンどこ?」と探し始める。
そんなものはない。
改札を通るとき、
「これ本当に通れるのかな」と一瞬不安になる。
海外の改札って、 “通れそうな顔”をしていない。
なんか、こちらを信用していない目をしている。
ホームに降りると、電車が思ったより静かに入ってきた。
中国の地下鉄って、もっとこう…
「ガタンゴトン!」みたいな勢いで来るのかと思っていたら、 意外とスッ…と来る。
むしろ日本より丁寧。
車内に入ると、知らない言語の会話が飛び交っていて、それがBGMみたいに聞こえる。
意味はわからないけど、“生活してる人たちの音”という感じがして落ち着く。
中心街の駅で降りて地上に出ると、街の空気が一気に変わった。
看板の色が強い。
赤とか黄色とか、「目立つ気満々です」という色ばかり。
信号待ちをしていると、車がクラクションを鳴らしながら通り過ぎていく。
中国のクラクションは、 “注意”というより“存在アピール”に近い。
「ここにいるよー!」みたいな。
そんな街を歩きながら、 ぼくたちは火鍋屋に向かっていく。
ディベート2ラウンド終わりの疲れと、海外の街を歩く高揚感が混ざって、なんとも言えないテンションになる。
——ああ、いま確かに海外にいるんだな。
火鍋屋の赤い看板が見えたとき、その実感がようやく完成した。
火鍋を食べ終わって店を出ると、体の中がまだ赤いスープで熱かった。
「せっかくだし西湖行く?」という流れになって、ぼくたちはそのまま歩き出した。
西湖って、もっとこう…
“世界遺産の湖です”みたいな、静かで神秘的なイメージを勝手に持っていた。
でも、着いてみたら、なんか“不忍池”だった。
ライトアップはしてるんだけど、その光が水面にうまく反射してなくて、
ただの暗い池みたいになっている。

観光地のはずなのに、散歩してる人たちのテンションも低めで、「夜の不忍池にいる大学生」みたいな空気。
湖の向こうに高層ビルが見えて、その明かりが妙に生活感を出してくる。
世界遺産のはずなのに、“池袋の手前”みたいな雰囲気。
ぼくはその景色を見ながら思った。
——あ、西湖って夜はこうなんだ。
火鍋の熱気がまだ残っていたせいか、その“普通さ”が逆に心地よかった。
そこで、やごに「湖」と「池」の違いについて聞かれた。
ぼくは、
「まあ、大きさですね。でも、結局は“呼び方の問題”っていうか」
と言った。
やごは、西湖をじっと見つめながら言った。
「じゃあ、これも“気持ちの問題”で湖ってこと?」
「まあ、そうなるね。 気持ちの問題で湖ってこと」
やごは納得したような、してないような顔をしていた。
「でもさ、今日の西湖、気持ち的には“池”じゃない?」
ぼくは笑ってしまった。
「うん。今日のは池だね。 “西湖(夜は池)”って感じ」
やごは「やっぱりね」と言って、 スマホで写真を撮っていた。
ホテルへの帰りにはタクシーを利用したのだけれど、カーチェイスなみのスピードを出していた。やごたちが乗るタクシーを猛スピードで追い抜いたときには感動した。
明日、勝てる気がした。
翌日、3ラウンド連続で勝った。1位。ラウンド5終了時点でTabのトップに居た。
でも勝ったはずなのに、あまり“勝った感”がない。
インラウンドって、勝利の瞬間が地味すぎる。
ゴールネットも揺れないし、ガッツポーズも出ない。
ただ、ジャッジが紙を見て「うん、1位ですね」と言うだけ。
でも、3つ並ぶとさすがに実感が出てくる。
ラウンド6は負けたけれど、そのままブレイクして、クオファイも勝った。
勝ったのに、なぜか“勝ってる実感”が追いついてこない。
大会って、勝つほど現実味がなくなる。
負けたときのほうが、よっぽど実感がある。
お昼は大会側がお弁当を用意してくれていたのだけれど、口にあわなかったので、ぼくとかつゆきはピザハットをテイクアウトした。
昼食スペースに指定されていた、ホテルのレストランで買ってきたピザを食べながら、ナゲットを開けた。
箱を開けた瞬間、あの小さいBBQソースの容器がひとつ、ぽつんと入っているのが見えた。
そこで、ふと気になってしまった。
「ねえ、かつゆき」
「ん?」
「ナゲット頼むと、ソースついてくるじゃん。この小さいプラスチックの容器に入ったやつ」
「うん。ついてくるね」
「……これさ、毎回ちょっと足りなくない?」
かつゆきは、“なんでそんなこと言い出すの”という顔をしていた。
「え? 足りるでしょ。普通に配分考えて食えば」
その“普通に”が、ぼくには刺さった。
「いや、配分を『考えなきゃいけない』時点で、もうシステムとして破綻してると思わない?ぼくらはナゲットを食べに来てるわけであって、ソースのペース配分っていう頭脳戦を強いられる筋合いはないわけよ」
かつゆきは、「頭脳戦って。大袈裟だな」と笑っていたけれど、ぼくは本気だった。
「じゃあさ、かつゆき。1個目のナゲットにどれくらいソースつける?」
「え? ……これくらい?」
彼はナゲットの先端に“ちょこん”とつけるジェスチャーをした。
その“ちょこん”が、ぼくにはどうしても許せなかった。
「甘い。それ、完全にソース側の“舐めプ”に付き合わされてるから」
かつゆきは、「舐めプって何」
と笑っていたけれど、ぼくは続けた。
「考えてみて? ナゲットの大きさに対して、そのソースの量は圧倒的に少数派なわけ。本来、ナゲット側はもっとソースを欲してるの。全面に。でも後半の枯渇を恐れるがあまり、1本目をその“ちょこん”で妥協してるんでしょ?」
かつゆきは少し黙って、
「……いや、俺は別に妥協してないよ?単に、そのバランスが美味しいからそうしてるだけで」と言った。
ぼくは、そこで切り札を出した。
「じゃあ、もしソースが“おかわり自由”だったら?」
「え?」
「店員さんが横で、 “ソース、わんこ蕎麦スタイルでいくらでも追加しますよ”
って言ってくれる環境だったら、本当にその“ちょこん”でいく?」
かつゆきは、
「……まあ、もうちょっとベチャッといくかもしれない」
と小声で言った。
ぼくは勝利を確信した。
「ほら!!!ほら見ろ!!!結局かつゆきも、環境に支配されてるんだよ。本当はもっとディープにソースと関わり合いたいのに、この小さな容器っていう枠組みの中で無意識に自分をセーブさせられてるの」
かつゆきは、「……めんどくさ」とだけ言った。
「じゃあ店員さんに “BBQソースもう一個ください”って言えばいいじゃん。言えばくれるよ?」
ぼくは首を振った。
「それは負けなの」
「負けって何だよ」
「“標準のソース量では満足できない、異常なソース消費野郎だ”って厨房で思われるリスクを背負うことになるじゃん」
「思わないよ!店員さんそこまでららたさんに興味ないから!」
「思うよ。 “あ、日本人のソースおかわり男、また来た”って絶対言われる」
かつゆきは、「言わないって」と呆れていた。
そのあと、彼は黙ってナゲットを1個取り、ソースをたっぷりつけて食べた。
ぼくはすかさず言った。
「あ!!!ずるい!!!今わざと多めにつけたでしょ!!!」
かつゆきは、
「うるさいな、もう。冷めるから早く食えよ」
と言った。
その言い方が、なんか妙に優しくて、ぼくはちょっと笑ってしまった。
こうしてかつゆきとのディベートに勝ったぼくは、セミファイを迎えた。
論題はイラン。
よりによってイラン。
よりによってCG。
ぼくたちは中華テーブルみたいなところに座って、部屋の後ろにはジャッジ陣がずらりと並び、それなりにオーディエンスも来ていた。
ぼくたちはそこで大やらかしをした。
“やらかした”というより、 “途中で自分が何を言っているのかわからなくなった”に近い。
言葉が自分の口から出ているのに、自分の言葉じゃない感じ。
たぶん、あれは別の誰かのスピーチだった。
ラウンドが終わった瞬間、チームメイトのゆうかがぼくのほうを見て、「たぶん負けたと思う」と言った。負けた顔をしていた。ぼくも同じ顔をしていたと思う。
結果発表まで時間があったので、ぼくたちはマンゴージュースを飲みに行くことにした。
“敗北を自覚した人間が飲むマンゴージュース”ほど、甘いのに苦い飲み物はない。
店のプラスチックのカップを持ちながら、ゆうかが「まあ、しゃあないよな」と言って、ぼくは「うん」とだけ返した。
それ以上の言葉は必要なかった。
マンゴージュースが全部説明してくれた。
——勝ち上がってきたのに、
最後の最後で“大会あるある”みたいな負け方をした。
でも、マンゴージュースは美味しかった。
それだけは救いだった。
あとがき
ブログ担当を拝命して以降、ご多忙の中多くの方に寄稿していただきました。
感動するブログもあれば、勉強になるブログもありました。
ぼくの知る限りいまだにブログを更新しているインステはKDSとUTDSくらいなのではないかと思いますが、いろいろな方の協力もあって京大ブログは独自の地位を築くことができたのではないかと思います。
さて、早いものでぼく自身ももう4回生になってしまいました。
もちろんいままでのディベートキャリアの中ではうまくいかないことのほうが多かったけれど、そんな中でもなにか目標を見つけて頑張れた時期もありました。
でも、ぼくよりも輝かしいCVがあるひとはたくさんいるし、努力が報われないつらさを知っている人もたくさんいます。
そんななかで、自分が描けるのはそうした勝ち負けに関わる青春ではなく、ディベーターとして生きる中でのしょうもない日常なのではないかと思い、前作の「しがないディベーター」に引き続き、このブログを書きました。そのため題材こそメジャーではあるものの、ほかの方が書かれるような「NEADCに出場するまでの経緯や苦悩」「結果に対する評価」などは割愛し、日常の延長線上にあるものとして描くことを心がけました。
ディベートをあきらめないで続けようという、強いモチベーションを与えることができるような感動的なブログではありませんが、ディベートコミュニティのあたたかさやおもしろさが少しでも伝われば嬉しい限りです。
このブログはフィクションです。一部の登場する団体、名称、人物等とその発言は実際のものとは関係ありません。















